何事もなくホテルで目を覚まし八重洲口へ向かう
いつもの会議ももう終わる時間に近づくその時
大きな揺れに椅子に座っている余裕もなく、立ち上がり
壁に身体を預ける
周りのビルは巨大な揺れにスローモーションのよう大きくうねる
隣のビルとぶつかるのではないかと思われるほど
俺は関東の地震と思われた
テレビをつけるとそこに映された情景は見慣れた土地の信じられない情景だった
東京のフループ会社がホテルを急遽予約してくれた
会議は中断して俺は仙台の会社と連絡を取り続けた
しかしつながらずたまたま繋がった部下の電話の向こうでは悲鳴ともつかぬ
パニック状態の会話だった
東京での行動は以前に書いているので省略させていただくが
俺の頭の中は如何に早く戻れるかだった
取り敢えず実家に身を寄せ連絡を取りながら次の行動を考えていた
俺がやっと帰れたのは5日目の16日だった
悲しみの涙・絶望の涙・悔し涙・色々な涙が溢れていた
印象に残っているのが老人の『神も仏もあったもんじゃねえ』涙でぐちゃぐちゃになった顔で訴えていた
感激の涙・感謝の涙・喜びの涙・感謝の涙
色々な涙も変化してきた
ここでグタグタ書くのはやめよう・・
どうかお願いがあります
時間が取れるようでありますならば
2時46分黙祷をお願いしたい
地震発生から津波はどんどん陸地に押し寄せ
多くの命を飲み込んでいきました
数万人の命を・・・・